TAITEC-Online

導入事例 No.005

自然環境から磁性細菌を単離、培養条件の検討を行い、医学・産業分野への応用を目指す

東洋大学 バイオ・ナノエレクトロニクス研究センター
研究助手 下重 裕一 様

ユーザー様について

下重 裕一 先生の略歴

2011年、東洋大学大学院 博士後期課程を修了。
学生時代は東洋大学に在籍しつつ、大学4年から博士課程修了まで国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)で研究生として活動。
2011年から同大学 バイオ・ナノエレクトロニクス研究センターの研究助手へ。
またJAMSTEC 生命地球科学研究部門海洋生命圏研究プログラム 外来研究員。
専門分野は微生物学、分子生物学。
(ホームページ:東洋大学 バイオ・ナノエレクトロニクス研究センター)

取材の経緯

磁性細菌は、その細胞内にマグネトソーム(magnetosome)と呼ばれる、脂質二重膜に覆われた磁性ナノ粒子の細胞内小器官を持つ細菌の総称です。
地球上の池、湖、川、海などの水底にある主に「泥の中」に広く存在しており、泥中で地磁気を利用して移動を行うことで、より自身の生育に適した場に効率よく移動していると言われています。
下重裕一先生は東洋大学への着任以来、継続して磁性細菌の研究を行っており、自然界から磁性細菌を単離・培養し、生態を詳しく調べておられます。
その磁性細菌の研究にタイテック製品をお使い頂いていることを知り、また特型のご相談も頂きまして、詳しい実験手法や今後の展望などをお聴きしたくインタビューに伺いました。

上図)東洋大学バイオ・ナノエレクトロニクス研究センターにて。
培養にお使い頂いているタイテックの恒温振とう培養機BR-43FLと、センター内の写真

インタビュー

下重先生のご経歴と研究の変遷~磁性細菌の研究を始めるまで

超高重力下での微生物の研究(学生時代)
私は東洋大学理工学部から、東洋大学の大学院を修了いたしました。
籍自体は東洋大に置きつつ、実際は大学4年から博士課程修了まではJAMSTECの研究生として、ほぼ向こうで研究を行っておりまして、講義の際に東洋大に来るような生活でしたね。
JAMSTECでは微生物、特に超高重力(過重力)環境下での微生物の生存能力を研究しておりました。
具体的には細菌を超遠心機で回して、菌がどのぐらいの重力強度まで耐えられるのかを調べるのです。増殖を見るので1週間とか超遠心機を回し続ける訳ですが、安全のため、バランスを慎重に測って取るのが緊張しましたね。
大腸菌は10万G*でも増殖可能で、更にパラコッカスという菌は30万G*にも耐えることを明らかにしたのが学生時代の主要な研究成果でした(*平均遠心加速度)。

――30万Gは凄いですね!それは地底とか、そういう重力の強い場所に菌が居た時代の名残なのでしょうか。

正直に申し上げますと、30万Gなどという環境は、実は自然環境にはなかなか存在しませんで、調べてみると宇宙空間の白色矮星とか超高温の星のレベルなのですね。
でも現実的にそんな所には生物はいないと思うので、何故そういう重力への耐性を菌が持っているのかは未だに謎として残っております。

現在の研究テーマへ(磁性細菌)
東洋大学のバイオ・ナノエレクトロニクス研究センターに雇用していただく頃の話です。
当時のセンター長が「バイオとナノの融合」という研究をテーマにされておりました。理論物理の先生なのですが、非常に幅広い範囲をカバーされている方で、物理から材料や生物まで、広い分野で論文を書いておられます。
先述の通り私自身は微生物研究がバックグラウンドにあり、「バイオとナノの融合」を考えたときに、そういえば以前学会で磁性ナノ粒子を作る細菌の話を聞いたことがある、微生物プラス磁性ナノ粒子、こういった菌なら当センターでは非常に面白い研究ができるのではないか。
そう考えましてテーマにしたという経緯です。そこから今に至る。

――では先生は、それまで磁性細菌は扱ったことがなかった?

一からですねぇ。今思うと随分思い切ったことをやったなというのと、専門に扱っている先生のところで先に1、2年、経験を積んだ方が良かったかな。という気持ちはあります。
一人手探りで論文を読んで始めましたので、軌道に乗るまでは少々時間がかかってしまいましたね。

磁性細菌の基礎知識について

――磁性細菌とは、どういう細菌なのか簡単に教えていただけますでしょうか。

はい。磁性細菌というのは、細胞内に磁性ナノ粒子(主に酸化鉄のマグネタイトもしくは硫化鉄のグレイガイド)を生成する細菌の総称です。
菌種ごとに粒子の形状・サイズ・個数・配置・組成が異なります。
世界中の、水と堆積物がある環境に広く生息していまして、流れが少なく化学濃度勾配が形成されやすい場を好んでいます。淀んでいるような場所ですね。

磁性ナノ粒子の作り方につきまして。基本的に磁性細菌はグラム陰性細菌です。外界の物質を、まず細胞質に鉄イオンを取り込んで、それを鉄イオントランスポーターで膜小胞の中に入れて、結晶化させて形状も整え、磁性ナノ粒子を作っています。
なぜこういうような粒子を菌が作るのかと言いますと、一般的には、地磁気に沿うためと考えられています。磁性細菌は堆積物中によく存在しており、微好気環境もしくは嫌気環境を好むのですけれど、堆積物中のより最適な環境まで効率よく移動するために、体内に合成した磁性ナノ粒子を直鎖状に配置させることによって、微弱な地磁気を感知して移動していると考えられています。磁力線に沿って潜っていって、また酸素濃度等を感知する機能も持っていますので、鞭毛なども利用しつつ、好みのところに移動する形になります。

宇宙から来た生命体?賛否は両論

南極大陸で発見されたアランヒルズ84001という火星からの隕石に、磁性細菌のマグネトソームによく似た構造体が見つかったことがあります。磁性細菌が地球上に出現したのが、だいたい32億年から34億年前なのですが、このアランヒルズ84001はそれよりも前に形成された岩石だったので、もしかしたら磁性細菌は火星から来た地球外生命なのではという面白い仮説もあります。
もちろん賛否両論ありまして、地球に落ちた後にコンタミしたのでは、そもそも磁性細菌由来の構造体ではなく形が似ているだけでは、とか議論はされているのですが、そういうちょっと夢のある話もありますね。

培養の困難な細菌

磁性細菌は自然界で広く存在し、また特殊な構造体を形成する非常に面白い菌なのですが、培養ができない菌でも知られています。
自然環境にはたくさん居るのに、採集して実験室に持ってくると増えない。
日本国内ですと、東京農工大学さんと金沢大学さんが中心的に研究されているのですが、本当に数限りある培養株でしか研究が進んでおりません。
そこでフィールドから新しく菌を採集し、培養が可能な磁性細菌、およびその菌がうまく増える条件を見つけることが重要になります。

下重先生による新規株の分離・培養事例:父島連珠ダム由来株

これは小笠原諸島、父島の連珠ダムから我々が分離培養に成功した球状の磁性細菌(FCR-1株)です。
淡水性の球状磁性細菌は40年以上前に発見されておりましたが、培養成功例は皆無でした。そのため、培養に成功したのは世界で初めてです。


図1)父島島内にある連珠ダムから分離培養に成功した新奇淡水性球状磁性細菌FCR-1株
多くの磁性細菌が磁性ナノ粒子(マグネトソーム)を直鎖状に配置させるのに対して、FCR-1株のマグネトソームは直鎖状ではない。

またこの菌は磁性ナノ粒子の配置も特殊でした。
磁性細菌というのは、そのほとんどが菌体内の磁性ナノ粒子を「直鎖状に配置」しています。彼らが利用している地磁気というのが非常に微弱なものでして、それを感知するために、一般的な磁性細菌は磁性ナノ粒子を直鎖状に配置させているのですね。一方、この連珠ダムから発見した磁性細菌は菌内のマグネトソームがバラバラになっておりまして、これが何故なのか、地磁気の利用以外の利用法があるのでは、など生態的にも非常に面白いところがあります。

採集の経緯ですが、父島というのは一度も陸続きになってない島である事が知られております。故に父島固有の生物がたくさん住んでおりまして、ひょっとして磁性細菌も珍しいものが居るのではと考えました。
丁度共同研究者の先生が父島に行かれる予定があったので、父島役場の水道課に許可を取りまして、連珠ダムの泥を採集してきてもらったのです。

磁性細菌の単離と培養方法
2Lのプラスチック容器に採集してきた堆積物と水を入れ、室温暗所で数週間~数か月位静置します。この状態だとある程度菌が増えてくれまして。その後、容器側面に磁石を付けて約30分~1時間待っていると、そこに泥中から磁性細菌が集まってきます。このスポットを取り、顕微鏡下で観察しながら磁石を近づけ、実際に磁性細菌が居るのかをチェックします。
父島の磁性細菌の場合、運のいいことに堆積物から増えてきた段階で、ほぼその菌しかいなかったのですよ。
通常なら複数の磁性細菌が含まれるような分離条件ですが、アンプリコンシーケンス解析、TEMや光学顕微鏡での観察でもほぼ他の磁性細菌がみられなかったので、運がよかったですね。

各地で採集した堆積物と水をポリ瓶に入れ、実験室で静置しているところ。 タイテックのアルミブロック恒温槽DTU-1CN。培地の調整などにご頂いています。
図2)各地で採集した堆積物と水をポリ瓶に入れ、実験室で静置しているところ。
図3)タイテックのアルミブロック恒温槽DTU-1CN。培地の調製などにご頂いています。

難培養微生物の培養条件最適化
その後、200種類ぐらいの培地の組成を試しました。
磁性細菌は酸素濃度に敏感なので、培地に酸素濃度勾配を作る工夫を加えています。まず酸素を除いたゲル状の培地を作り、気相に酸素を加えてゲル状の培地中に酸素濃度勾配を作ります。その勾配中の彼らが好む環境に自身で移動してもらって、そこで増えてもらうという算段ですね。
更に一般的な磁性細菌の培養方法ですと、培地のゲル化剤に寒天しか使ってこなかったのですが、父島の菌の場合ゲランガムを使用したところよく生えてきたので、そこもポイントと思っています。おそらく粘性や弾力性等が違うことで、酸素濃度勾配のプロファイルが寒天とは異なりこの菌には良かったのでしょう。

下重先生による新規株の分離・培養事例2:埼玉県諏訪池由来株とタイテックOD-Monitorへの期待

こちらは埼玉県日高市の諏訪池から分離培養に成功した、別の磁性細菌(FSS-1株)です。
先と同じように堆積物を暗所において、増えてきたものを磁石で集めたのち、培地に植菌して培養を行いました。純粋培養株は、限界希釈法で3回ぐらい繰り返して取得しました。こちらの菌は液体培地の培養で増やせた菌です。


図4)埼玉県日高市の諏訪池から分離培養に成功したFundidesulfovibrio magnetotacticus FSS-1株
Desulfobacterota 門に属する磁性細菌では、正式に学名登録されているSolidesulfovibrio magneticus RS-1株に次いで2例目の分離培養株となった。上記のTEM画像は、培養条件を変えることで比較的多くの弾丸状磁性ナノ粒子を生合成したFSS-1株の菌体写真。

培養には加圧培養試験管という特殊な試験管を使用しています。
特注の肉厚試験管に培地を入れ、窒素ガスのバブリングで脱気を行った後にブチルゴム栓をする。もしくはブチルゴム栓の隙間から窒素ガスのバブリングで脱気し、最後にキュッと密閉して嫌気環境を作ります。その後、ねじ口の蓋を閉めてオートクレーブをかける。加圧培養試験管はこの状態でオートクレーブがかけられます。
その後、ニードル等で植菌を行います。


図5)加圧培養試験管を手に説明される下重先生

FSS-1株はまた変わった形状の磁性ナノ粒子を生成する菌で、現在その形成メカニズムの解明も目指しています。
この菌では通常は弾丸状の磁性ナノ粒子を作っているのですが、培地中のトリプトファン濃度を上げると粒子形状が変わるという現象を見出しまして。どのようなメカニズムで形状が変わるのかを解明するため、プロテオーム解析を行って、磁性ナノ粒子の形成に関与するタンパク質の発現を調べたいと考えています。
その際に重要なのが菌の増殖曲線です。どのグロースフェーズでプロテオーム解析を実施するのか、正確な増殖曲線が欲しい。
しかし、ODの測定するときに、いちいち決めた培養時間に、酸素が入らないよう注射針でサンプリングをしていくのが非常に手間でして。コンタミリスクもありますし、培養液もどんどん減っていってしまうので正確な増殖曲線が得られないのが悩みでした。

TAITECさんのOD-Monitor C&Tは試験管を振とう培養しながら、サンプリングをする必要なく、リアルタイムでOD 測定ができることに非常に期待しておりまして。

――ええ。ですが弊社のOD-Monitor C&Tは測定部本体が金属製で、一部磁石も使用していたため、そのままでは磁性細菌の培養測定には不向きです。
そこで先生よりご相談いただきまして、プラスチック製の特型OD-Monitorを作成させて頂きました。


図6)タイテックの恒温振とう培養機BR-43FLの庫内に、本体プラスチック製の特型OD-Monitorをセットしたところ。

いやこれは嬉しいですね。実験が非常に楽しみです。

磁性細菌の応用について

磁性細菌については様々な応用研究もおこなわれています。
磁性細菌は純度の高いマグネタイトを作り、形状やサイズが均一で、あとは何といっても生体への適合性が良い、すなわち生体への毒性が低い、という特徴があるので、特に医療分野、造影剤や抗がん剤をローディングさせてのトラックデリバリーシステムなどへの応用が期待されています。
問題点としましては、磁性ナノ粒子の収量が集まらないこと。大量培養が困難な、難培養性の菌ですからね。
現状のままでは難しいので、よりよい培養法の開発や、収量が期待できる新規磁性細菌の探索が必要です。
近年我々は河口湖で、体内に大量の磁性ナノ粒子を生成する新規の菌を発見しました。残念ながら未だ培養法が確立できていないのですが、このような菌なら収量課題の解決が期待されます。色々な培養法を試していきたいですね。


あとがき

基礎研究として磁性細菌の持つ性能、知見が深まること。世界中に数多く存在する、しかし培養方法が確立されていない難培養性微生物の培養方法の理解が深まること。
またその応用として医薬・産業分野にも役立つことを願っております。
下重先生、お忙しい中お話をありがとうございました!

記事中に登場する製品

往復振とう培養用非接触濁度計 | | OD-MonitorC&T
いつもどおり培養しながらOD測定できるOD-Monitorに、試験管対応モデルが登場!■測定方式/範囲:透過光方式、OD600=0.00〜2.55 ■測定環境温度範囲:ガラス製試験管:φ16.5/18.0mm 液量: 5mLまたは10mL
中型恒温振とう培養機 | バイオシェーカー® | BR-43FL
実績豊富な中型。積重ね省スペース。■使用温度範囲:+4℃~+70℃ ■振とう方式:往復/旋回切換
アルミブロック恒温槽 | ドライサーモユニット | DTU-1CN
恒温水槽なみの温度精度、ゆったり入る深型。+200℃までのCタイプ。■使用温度範囲:室温+5℃~+200℃(*1) ■温度調節精度:±0.1℃以下(温度設定単位:0.1℃)(*2)